事件の概要
ニュージーランドの診断用試薬企業の艾某診断有限公司(以下、「艾某公司」という)は一審法院に訴訟を提起した。同社は、人体の血液の好中球細胞のアズール顆粒から分離・精製された天然プロテアーゼ3(英語の略称を「PR3」という)の生産工程および製品調製プロセスに関する技術上の秘密の権利者である。孫某は艾某公司を退職後に、武漢博某生物科技有限公司(以下、「博某公司」という)の大株主および法定代表者となった。孫某は秘密保持義務に違反し、無断で艾某公司の本件に係る技術上の秘密を博某公司に開示し、さらに博某公司と共同で本件技術上の秘密を用いて不正な利益を獲得し、本件技術上の秘密について専利を出願したことにより、本件技術上の秘密は公開され、艾某公司の正当な権利・利益を著しく損ねた。一審法院は次のように判断した。本件に係る専利と本件技術上の秘密である技術方案は実質的に同一の内容であり、本件専利の出願にあたり本件技術上の秘密が使用され、一部開示された。博某公司は本件技術上の秘密を用いてPR3製品を生産し、孫某は秘密保持義務に違反してその保有する本件技術上の秘密を博某公司に開示し、かつその使用を認め、本件技術上の秘密を共同で侵害した。一審では博某公司、孫某に対し侵害行為を直ちに停止し、艾某公司の経済的損失180万元を連帯して賠償するよう命じる判決が下された。艾某公司と博某公司、孫某はいずれもこれを不服として、控訴を提起した。艾某公司は、一審判決の賠償金額が低すぎることを主張し、博某公司、孫某は、本件に係る技術情報は技術上の秘密に該当せず、その内容はすでに公衆に知られていることなどを主張した。
最高人民法院は、二審において次のように判断した。本件技術上の秘密には多数の技術情報から構成されるものであり、相対的に完成度の高い技術方案である。たとえ、その一部の技術情報が公知であったとしても、当該技術情報の間の相互関係、および技術方案全体として公知であるか否かを考慮する必要がある。本件において、艾某公司は自社が本件技術情報に対して相応の秘密保持措置を講じていたことを証明する一応の証拠を提出するとともに、本件技術情報が侵害されたことを合理的に説明した。人体の血液の好中球細胞のアズール顆粒から分離・精製されたPR3は当業者に一般的に知られている技術である。しかし、本件技術情報は具体的な操作手順と順序に関するものであり、多数の試薬およびその含有量、関連する操作パラメータの選択を含み、反復的な実験、修正、改善、調整を経て初めて確立されるものである。完全な技術方案を形成するためには、多大な研究開発コストを要することは明らかである。艾某公司は当該操作手順を実際の生産に適用し、良好な効果を得ている。したがって、異なる証拠に基づき個別に公開された特定の技術情報をもって、本件技術上の秘密の技術方案全体または個別の秘密情報に対応する具体的な手順がすでに公知であると証明することはできない。したがって、本件技術上の秘密がすでに公衆に知られているとの博某公司、孫某の主張は成立しない。また、一審判決が認定した賠償金額についても、明らかに不当と認められる点は存在しない。最終的に控訴は棄却され、原判決は維持された。
典型事例の意義
本件は、国外の権利者が有する営業秘密を法に基づき平等に保護した典型的な事例である。本件判決は、実験や改良を重ねて形成された体系的かつ完成度の高い技術方案については、依然として公知とは認められないと判断し、原則として、異なる出所から得られた断片的な情報を単純に組み合わせただけでは、技術上の秘密に該当することを否定できない旨が強調されている。さらに、本件は、国外で形成された営業秘密の中国国内で保護した事案であり、営業秘密の国境を越えた司法保護について有益な実務的示唆を示すとともに、国外の権利者の正当な権利・利益を法に基づき公正かつ平等に保護することで、外資企業の対中投資に対する信頼を高める結果となっている。本件は、人民法院が内外の主体を平等に保護する原則を実践し、法治に基づくビジネス環境の改善を図った典型事例である。
(事例出所:2025年人民法院不正競争防止に関する典型事例)