事件番号:北京知的財産権法院(2023)京73民終3802号、北京市朝陽区人民法院(2023)京0105民初71391号〔北京抖某科技有限公司と億某科信息技術(北京)有限公司不正競争紛争事件〕
事件の概要
2020年6月15日、北京抖某科技有限公司(以下、「抖某公司」という)は自社のスマートフォン用「抖某」アプリにおいて漫画フィルタを公開した。当該機能は、ユーザーがリアルタイムで撮影した画像、動画について、実在人物の比率をもとに顔の各部位を再構築し、微調整を行い、リアルタイムで漫画風に変換するものである。抖某公司は、この機能は人工知能(AI)技術によって実現したものであり、複雑な研究開発過程を経て、公開後市場から幅広い支持を得たと主張した。2020年8月4日、億某科信息技術(北京)有限公司(以下、「億某科公司」という)は、自社が運営するスマートフォンアプリにおいて少女漫画フィルタを公開した。当該機能により生成される漫画風イメージ、動画は抖某公司の漫画フィルタによって生成される画像や動画と、視覚的印象において顕著な差異が認められなかった。抖某公司は、億某科公司が漫画フィルタモデルの構造とパラメータを模倣し、しかも少女漫画フィルタによる加工結果が漫画フィルタによる加工結果と高度に類似していることから、当該行為が不正競争に当たると判断し、法院に訴訟を提起し、億某科公司に対して侵害行為の停止、影響の除去、および抖某公司の経済的損失および合理的支出計500余万元の賠償を命じる判決を求めた。一審法院は、億某科公司の行為は抖某公司の競争上の利益を害するものであり、反不正当競争法(不正競争防止法)第2条に定める不正競争行為に当たると判断した。億某科公司はこれを不服として控訴した。
北京知的財産権法院は二審において次のように判断した。抖某公司は漫画フィルタモデルの研究開発のために多くの経営資源を投入し、データ学習および調整を経た同モデルのパラメータと構造により、ユーザーが抖某アプリの利用時に実在人物と対応関係を有する漫画風画像を生成することを可能にしている。これにより、抖某公司は技術的競争力、事業収益および市場における利益を獲得しており、漫画フィルタのモデル(構造およびパラメータ)は、抖某公司が不正競争防止法により保護される競争上の利益に該当する。さらに、接触可能性、モデルの構造とパラメータの比較、自社研究開発という3つの観点から証拠を総合的に検討すると、億某科公司が抖某公司の本件に係るモデルの構造およびパラメータを直接流用したことについては高度の蓋然性が認められ、これを覆す反証がない限り、億某科公司は立証できない場合の不利益を負うべきである。また、億某科公司は、他の事業者が人的資源、物資、財力を大量に投入して形成したAIモデルの構造およびパラメータを直接流用し、学習データの作成、モデル学習に要する時間および資源の投入を省き、抖某公司が手作業で作成した学習データ、計算能力によって形成した競争優位性を短期間で覆したうえ、抖某公司の漫画フィルタの公開後まもなく、同社とトラフィックおよびユーザーの獲得をめぐって競合関係に立った。その行為は、人工知能(AI)の研究開発および事業分野において一般に認められている商業道徳に反するものであり、不正性を有する。さらに、億某科公司の少女漫画フィルタモデルは、抖某公司の漫画フィルタモデルと効果が類似し、ユーザー層、対象市場、製品の提供ルートおよび方法などにおいて重複していることから、少女漫画フィルタは漫画フィルタに対して高い代替性を有し、ユーザーやトラフィックを奪う効果を有すると認められる。これにより、億某科公司は抖某公司の競争上の利益に実質的な損害を与え、AIモデルを用いた事業活動および健全な競争秩序を乱し、消費者の正当な権利利益を害した。したがって、億某科公司の本件に係る行為は不正競争防止法第2条に定める不正競争行為に当たる。二審法院は最終的に控訴を棄却し、原判決を維持した。
典型事例の意義
本件は、開発者が有するAIモデルの構造およびパラメータに係る競争上の利益を法により保護する典型的な事例である。本件の判決では、事業者がデータ学習、最適化・調整などの方法を通じて形成したAIモデルの構造およびパラメータは、技術的競争力および事業収益をもたらすことができ、不正競争防止法により保護される競争上の利益に該当することが明確にされている。本件は、人工知能業界の健全な発展の促進、新興分野の市場における競争秩序の維持にとって重要な意義を有する。
(出所:最高人民法院「2025年不正競争防止に関する典型事例(8)」)